TOP / DIRECTION'S EYE / Good Morning Yukon Vol.2 : Epilogue after The Trip
前回の旅から2年後の2005年8月、写真家・宮澤聡は再びカナダのバンクーバーに降り立った。19日間をかけて壮大なYukon Riverを下るために。
Yukon川下りの最終地点はDowsonである。それはボートをレンタルする場合である。レンタルボートでは国境を越える事ができないのです。たまに自分でボートを持ち込んでくる人がいるが、その中には、そのままそのボートで国境を越えてアラスカに入る人がいる。アラスカに入ると上流のカナダ側より熊が多くなるから、銃も必要だし、カナダ側より確実に緊張感が増す。そうしたら、ただの川下り気分ではいられなくなる。僕らもただの川下り気分でいた訳ではないが、かなりのリスクを考えなければならない。
一時期ぼくたちも、国境を超えてアラスカに入ろうか? という意見が出たこともあったが、ボート、つまりぼくたちの場合カヤックになるわけだが、それをレンタルじゃなく購入して、さらにアラスカのどこかの町で下りるとしたらカヤックをどうするのか? 現地の人に格安で売るなどの意見も出たけどあまり現実的ではないし、銃許可書を持っていないぼくたちに銃を売ってくれる店もなければ、外国人のぼくたちに許可書は下りない。
ここDowson Cityは、18世紀のゴールドラッシュ時代にやはり金鉱が発見されてできた町で、アメリカから多くの人が大挙して訪れた。10万人以上がそこを目指したが、その当時、厳しい地形や気候でたどり着けたのは、3万人から4万人と言われている。またその中から金を採取できた人は4000人ぐらいと言われている。なんとなくそのゴールドラッシュ時代の名残が残っている感じがする。ただ、現在はさびれた田舎町だ。
上陸したぼくたちは、すべての荷物を背負って町外れのキャンプ場に向かった。今まで散々テント生活をしてきてせっかく旅が終わったというのにまたテント! といってもあと2泊3日で帰るのだ。それ以降はしばらくテントを広げることはないだろうし、値段の安さでは、やはりテント! 荷物を降ろした後、一目散に向かったのは、町中のRVパークにあるコインランドリーとコインシャワーだ。1週間以上ぶりのシャワーを浴びた。
人間の脂はすごい! シャンプーしても泡が立たない。2回目、3回目でやっとこさ脂が落ちて泡が立つ。ベトベトな髪の毛がさらさらになり、頭の重さが軽くなった気がした。そしてドロドロの衣類の洗濯も終え、身も心も綺麗になったぼくたちは、ゴールドラッシュ時代の土臭い匂いが未だに漂っていそうなPubに入った。ぼくたちはカウンター席に座り、ビールを注文した。このビールは格別にうまかった。日本のレベルに比べたら大したビールではないが、何かを成し遂げた後のビールはどんなビールでもやっぱりうまい! すると隣にいた地元の親父が、ぼくたちアジア人が珍しいのか話しかけてきた。
「おまえたち、どっからきたんだ?」
「日本から来た!」
「おまえらなに人だ?」
「日本人だ!」
「川下ってきたのか?」
「そう、下ってきた!」
そんな他愛もない話をした。いつから飲んでいたか知らないけどその親父は、まだ夕方前だというのにかなり酔っ払っていて、同じことばっかり聞いてくる。
基本的にWhitehorseのときも思ったけど、田舎町には昼から飲んでいるやつが多い。たぶん仕事も少ないし、やる事がないということもあるだろうけど、年金やら社会保障などで受け取るお金で飲んでいるみたいだった。日本で年金だけで生活をするのははっきり言って不可能だ。ここは働く場所がないのもあるけど、働かないで生活して昼から飲んでっていう生活ができるんだなと。そしてぼくたちは、2日間Dowsonで体を休め、そしてWhitehorseに帰る日になった。Whitehorseに帰る方法はひとつしかない。それはバスだ。そう、車移動しかないのだ。
素直に帰ればいいものの、それでは面白くない。ということになり、そしてぼくたちは、ヒッチハイクをして帰ることにチャレンジした。ただ、その日は冷たい雨で人も車もほとんど通らず、そんな中ひたすら交代で段ボール紙にボールペンで「Whitehorse」とでっかく書いて、掲げてひたすら待つ。何台か通ったが、やはりむさい男2人だとなかなか止まってくれない。ここに一人でも可愛い女の子でもいたら、一台ぐらいは止まってくれたんじゃないかと思う。最後の方には、ちょっと女装でもするか? とさえ思った。交代でヒッチハイクをしていたのも男2人で立っているより、まだ一人の方が可能性があるんじゃないかと思ったわけだけど、失敗してしまった。
一時間経ち二時間経っても、全然ぼくたちを拾ってくれる車など出てこず、諦めて、結局バスで帰ることにした。
バスで8時間でWhitehorseに着く。マジか〜! 帰るのって結構あっけないな〜と。
だってぼくたちがここまで来るのに、何日かかったと思ってんだ。あらためて、文明の利器を使うと便利だし早いな、と思い知らされた。しかし自分の力だけで、ここまで約900kmという道のりを何日もかけていろんな困難にも遭い、そのたびにくぐり抜けてきたことは、自分の人生の血となり肉となり、ぼくたちの器を大きくしてくれるはずである。そして人生の宝になるはずである。経験するということはそういうものなのです。だから新しいこと、未経験なことに躊躇せず向かって行くことは、素晴らしいことなのです。そんな機会もなかなかあることではないのですから。
そしてぼくたちは、Whitehorseの『Hide on Jackal』に約20日ぶりに戻ってきた。オーナーに挨拶をして、よく無事に戻ってきたな!と笑顔で迎えられた。そしてその2日後、現地でSeijiと別れ、ぼくは一路日本に向かった。
家に戻って何気なしに体重計に乗ったら、
ぼくの体から体の一部の8kgが消えていた。
終わり