TOP / DIRECTION'S EYE / Good Morning Yukon Vol.2 : Present - First half
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前回の旅から2年後の2005年8月、写真家・宮澤聡は再びカナダのバンクーバーに降り立った。19日間をかけて壮大なYukon Riverを下るために。
明日とうとうゴールのDwoson cityに着く。そう、今夜がYukon川最後のキャンプになる。そしてぼくたちが決めた最後のキャンプ地は、前回Seijiとヒロが下ったときに最後にキャンプした同じ場所。ぼくたちはそこで最初から決めていた、やらなければいけないことがある。
それは、前夜祭として最後に大きな花火を打ち上げることである。ぼくたちの花火は「キャンプファイヤー」。もちろんドでかいやつ! 前回も同じことをしたらしいので、やっぱりゴール前夜には前祝いの意味でささやかなpartyをすることにした。
前回ゴールまで行けなかった悔しさと、ゴールまで行った彼らに対するジェラシーを持っていたぼくは、前回のゴール手前で大きなキャンプファイヤーを焚いた話を聞いて、羨ましさが余計に自分のなかでくすぶっていて、どうしても同じことをしたかった。それをすることによって僕の中に漂っている嫌なものが浄化されるのではないかとさえ思えた。
だから出発前から最後のキャンプファイヤーは必ずしよう! とSeijiに訴えていたからどうしても同じ場所でしたかった。そしてそのキャンプ地が見えた時、ぼくはほっと息をのんだ。そこには船が一隻も視界に飛び込んでこなかったからだ。そしてぼくたちは、今回の長い長い旅Big Salmon river〜Yukon riverの、川下り最後のキャンプ地に上陸した。
その場所は、とても広々していて居心地のよさそうなキャンプ地だった。しかし荷物を下ろしテントを張った後、ちょっと気になることが出てきた。空の雲行きが怪しかったのである。そのうち、みるみると頭上を灰色の物体が覆いつくしやがて雨が降りはじめた。
やだな~! 最後のキャンプなのに!
あんまり激しくなるとキャンプファイヤーができなくなることが心配だったが、それよりも雨が朝まで残ってしまってびちゃびちゃのテントを畳むのが最もいやだった。
とりあえずぼくたちは、あまり濡れないうちに薪集めをした。薪が芯まで濡れてしまうと火がつかないからだ。雨よけのビニールシートをタープ代わりに張って、薪とぼくたちは雨が止むのを待っていた。
しかし、雨というのは無情だなとつくづく思う。今日は前夜祭をする! というのに、その気分をすべて持って行ってしまう。もちろんぼくたち人間、いや地球上の生物すべて、雨が降らなければ生きることができないとわかってはいるし、必要不可欠である。しかし今回のように雨が降っては困るようなときに降られるとちょっと凹む。特に冷たい雨には。
とにかく、夕方になり腹が減った僕らはdinnerの準備を始めた。さて、今日はなにを食べようか? あしたゴールすると言うところまで来ているぼくたちの食材は残りわずかだった。
今日はカレー! とSeijiが言う。まじ? 肉なんかあったっけ?と尋ねると、食材の奥からなんとなんと大きな豚バラ肉の塊がでてくるじゃないですか! あれー! それどうしたの? と尋ねるとCarmacksで買った! と。最後はカレーにしたかったから、肉を買っていたらしい。
ぼくは、冷蔵も効かない旅に生肉を持って行っても腐るだけだろうと思って見向きもしなかったが彼は、船底に忍ばせていれば川の冷たさで冷蔵庫代わりになると踏んで購入していた。
ここに来てこの豚の塊は、すっごいごちそうだった。がしかし、いくらなんでも大丈夫か? Carmacksを出て一週間以上たっている。ほら! 大丈夫だよ! Seijiが塊を手渡しした。
本当だ!!まだ冷たいし、臭くない!
よっしゃー! 今夜は、カレーのごちそうだ! やはりキャンプはカレーでしょう! と言わんばかりにフライパンで焼かれている豚肉から途轍もなくうまそうな汁がでてきている。 そしてその汁と肉を鍋に入れてカレー粉を入れてグツグツと煮る。鍋からうまそうな煙とにおいの奥にあの豚肉たちが黄色の海の中から見え隠れする。
うわ~!たまんないな~! そしてご飯も炊きあがり、飯だ~~! 豚肉というより、肉自体がひさしぶりだし、こんな分厚い豚バラ肉の塊を食べたら胃がビックリするんじゃねか! とにかく、口の中におもいっきり豚肉をカレーとご飯といっしょにぶち込んだ! いや~~!口の中が幸せでいっぱいになった。
うまい! マジ、うまい! 本当にうまか~! たぶんこの旅の中で一番うまかった。生きててよかった! と思った。美味しいものを食べたときいつも幸せを感じる。そんなときに出て来る言葉は、生きててよかった! である。そしてこのときだけは、ほんとうにSeijiが神様仏様に思えたぐらい感謝した。あと豚肉にも。
さて、この次はお待ちかねのキャンプファイヤーだ。雨もほとんど止んでいた。小さい火をおこしてからだんだん大きくしていく。薪の大きさもだんだん太いものに変えていく。大きくなってきたな~! まだまだ大きくするとSeijiくん。そして数分もするとかなりの火柱が上がるくらいまで成長してきた。Seijiもおれも少し酔っていたので炎が大きくなるのが楽しくてしかたがない。
明日Dosonに着けばお酒は調達できるので今まで通りちびちび飲む必要がなくなった。だから、いつもよりは飲んでいる。と言うよりか今夜飲み干す。飲み干すと言ってもたいした量が残っているわけではないが、遠慮なく飲めることは、とても気持ちを解放させてくれる。
さぁ~、もっと大きくしようぜ! みるみるうちに背丈ぐらい大きさになった。大きいね~! そして暖かい! だいぶ空気が冷え込んできたからちょうどいい暖かさだった。もう十分なぐらい大きなキャンプファイヤーになったと思ったら、Seijiは、もっと大きくしたいらしくどんどん薪を組める。おいおい! 大丈夫かい! 火の粉が飛んでテントとか燃えないだろうな? とぼくは心配した。大丈夫だよ! テントから離れてるし、風向きも逆だし! とSeiji。酔ってるわりには、冷静である。
そしてその大きなキャンプファイヤーの炎から無数の火の粉がひらひらと夜空に向かって飛んで行く。その頃には、雲が去り満点の星たちが現れていた。その満天の星たちに向かって真っ赤な火の粉が飛んでいる様子が、何とも言えない感情と満足感を与えてくれた。そしてぼくが最初に持っていた悔しさとジェラシーの塊を、火の粉がYukonの夜空に持って行ってくれた。
こうしてぼくたちの最後のキャンプの夜は深けていった。そして明日、最後の日を残すのみとなった。ラストを飾るにはとても素晴らしい出来事が待ち受けていた。