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Good Morning Yukon Vol.2 : Alice in wonderland

前回の旅から2年後の2005年8月、写真家・宮澤聡は再びカナダのバンクーバーに降り立った。19日間をかけて壮大なYukon Riverを下るために。

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 う〜ん!? なんか朝から憂鬱だな〜。テントにボトボトと雨粒が打ちつけるように降っている。そう、今日は朝から雨だ。今回の旅で初めて本格的な雨が降っている。テントのジップを開けて外の様子を伺う。 いや〜、完全に雨だ! それにかなり寒い。


 こんな時は、移動せずにもう1泊したい気分だ。雨の中でテントや荷物をたたんで移動するのは、気乗りしない。テントをビチャビチャのままたたんでカヤックのコンパートメントに入れるとその他の荷物まで濡れてしまうし、寝袋が濡れてしまうと最悪だ。でも、ここにもう1泊するほど日程に余裕はない。雨だろうが何だろうが1カ所に1泊のペースで下り続けなければならない。

 

 ぼくたちは、レインジャケットを着て外に出て、持ってきたビニールシートをタープ代わりに張って、その下でコーヒーと朝食をとって、そのままテントに戻った。もう少し雨の様子を伺うことにした。



th_Rain Day.jpg



 2時間ぐらいたったが、いっこうに雨が止む気配がない。仕方がないので、そろそろテントをたたんで移動することにした。寝袋などをたたんで、濡れないようにカヤックにしまって、最後にビチョビチョのテントをビチョビチョのままたたんで、ビチョビチョのままカヤックにしまった。いや〜、ビチョビチョだな! 雨水や泥でテントがドロドロだ。ちょっと気分が下がる。


 そしてぼくたちは、雨の降る中漕ぎ出した。いや〜! しかし寒いな! 秋を通り越して初冬のようだ。日本は、まだ暑いだろうな! だってまだ8月の終わりだから。Yukonもついこのあいだまでは暑かったのに、今は初冬のようで、特にここ何日かは、季節の移り変わりの早さを感じた。

 

 特に今日は雨なので、なおさら寒いのかもしれないし、太陽が出ればもう少し暖かいだろうが、さらに北上を続けるぼくたちは、寒い地域に自ら突き進んでいる。

北極圏の近くまで北上するのは分かっていたから、それなりの衣類の用意はしてきたが、8月だと言うことでそこまで寒くなることはないだろうと高をくくっていた。体の方はフリースなどで厚着すれば大丈夫だが、問題は手である。だんだん手が寒さでかじかんできた。当然川の水などで濡れるのはわかっているので、手袋など意味がないと思い、ぼくの荷物の中には、手袋の影さえ見つけることは、不可能であった。



th_Yukon Passage2.jpg



 そしてしばらく下っていると、雨が小降りになった。その代わりに今度は、深い霧が出てきた。ぼくたちは、あっと言う間に霧に囲まれた。それもかなり深い霧だ。お〜!全然前が見えないじゃん!視界5m、前にいるSeijiが見えない。今自分がどこにいにのか? 川のどの辺りなのか? さっぱりわからない。

 

 うわ〜、怖え〜な〜! 何にも見えないし! 突然目の前に岩など障害物が現れたら避けようがない。巨大な真っ白な世界にポツンと1人取り残されている感じ。ものすごい恐怖を感じた。前が見えないから川を下るのをやめて、止まりたいと思っても、川なので止まることすらできない。この恐怖感と戦いながら進むしかない。

 

 すると、左側に岸壁が見えて来た。しかし霧で岸壁の高さもわからない。実際には、そこまで大きい岸壁ではないのかもしれないけど、ぼくには、巨大にそびえ立つ壁にしか見えなかった。とりあえず、この岸に沿ってくだっていこう。もし、川のど真ん中を進んでいたらどうなっていたか? この広い川幅の中、中州の島々が点在しているところに、前が見えない状態で突っ込んでいったらどうなっていたか? と思うと怖かったが、現状の前が見えない異常な状況下では、安心できる状態ではなくても、川の真ん中の真っ白な世界よりは、大きな岸壁沿いでいる方がましに思えた。ただ、自分の目の前にある壁以外は何も見えないのでやはり恐怖を感じる。


 この巨大な岸壁は相変わらずどのくらい高いのか分からないぐらい霧がすべてを飲み込んだまま進んでいる。ぼくはまるで、不思議の国に迷い込んだアリスのようだ。別の世界に迷いこんでしまって、川の妖精が出てきたり、壁の上に人食い巨人が住んでいたり、魚が突然話しかけてきたりしても不思議ではない光景がひろがっていた。ひとつだけ現実的だったのは、とにかく寒いことだった。寒さだけが、肌を突き刺し、現実の世界に戻されている気がした。


 そんな現実離れしたことを想像しながら進んでいたとき、霧がパーッと晴れて、周りが見えるようになってきた。ぼくたちは、やっと不思議の国から脱出できたようだ。ちょっとだけ、妖精や人食い巨人に会えなかったことが残念だった。



th_Closing Summer2.jpg


 そして、遠くの山の上の方にかかっていた雲が晴れてくると、そこにはとても寒そうな紅葉が小さくなって広がっていた。まだ8月なのに紅葉だなんて本当にぼくたちは、地球の上の方まで来たんだなと。気温も低いはずだ。そしてまた、ぼくたちの旅ももう残り少なくなってきたことを、その紅葉たちが知らせてくれていた。夕方前に今夜のキャンプ地に到着した。中州の大きな島に止まることにした。もうその頃には、綺麗な夕焼けが広がっていた。まだぼくの頭の中には、あの霧の中から見た、寒そうにしている紅葉の絵が焼き付いていた。









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