Good Morning Yukon Vol.2 : Things after storm
前回の旅から2年後の2005年8月、写真家・宮澤聡は再びカナダのバンクーバーに降り立った。19日間をかけて壮大なYukon Riverを下るために。
だめだ~! オールが重い! まともに漕げない~! 叫ばないと少し先にいるSeijiにも声が届かないほど風の音で声がかき消される。今僕たちは、真っ黒な空の下で暗黒の使者に必死の抵抗を試みている。
湖は海のようにうねり、風はおれたちの進路を塞ごうとしている。漕いでも漕いでも進まないというか、反対に風にあおられて後退しているようにさえ思える。このままでは、暗黒の使者にやられてしまう。しかし、僕たちもタダじゃ起きないし、黙ってこのままやられているわけにはいかない。
少しずつではあるが、湖の出口に近づいてきている。僕たちの必死の抵抗が、やつにジャブとして効いてきているにちがいない。風も少しずつではあるが、弱まってきている。もうすぐだ! 負けてたまるか~! 最後の力を振り絞ってオールを回す。温度は冷たいのに、額には汗。腕はパンパン。
そして、やっと湖の出口が現れた。やった~! 出口だ~! 出口だ~!
暗黒の使者から勝利をもぎ取る寸前まできている。
その1時間半前。
目を覚ますと空にはちらほらと明るいところが見え隠れする。まるで湖に反射している太陽のように。風が治まったのか? いや、耳を澄ませば、岬の反対側でヒュ~ヒュ~と音がしている。まだ風が吹いてるのかとがっかりした。頭がまだぼ~としている。一瞬なんで僕はここにいるんだと勘違いしてしまった。そこは、岬の先端の少し手前の風があまり吹いてない場所。そっか~! 僕らはここまで漕いで来たんだ。あの暗黒の中を! と思い出していた。
さらに1時間半前。
とにかく、岸沿いに進もう! 少しでも風をかわすんだ! とりあえず、あそこに見える岬の突端の所まで行こう! あそこなら風をかわせるだろう!
そして僕たちは、岸沿いをゆっくりと進んだ。やはり思った通り、岸沿いでは、風の影響を軽減できた。それでも風は強く、いつもの3倍の力でオールを漕いだ。1時間ぐらい漕いだだろうか、やっと目指す目標の突端が目の前に現れた。とにかく、ここで休憩しよう! もう腕はパンパンだ!
上陸するとそこには風がなかった。その岬が風をブロックしてくれたのだ。そして、そこでランチを摂ることに。風が冷たく体が凍えきっていた。うどん! うどん! うどんにしよう! とにかく体を熱めたかった。
さて、これからどうしよう? 様子を見に岬の反対側に行ってみると、ワァオ! すごい風吹いてるじゃん! なんだよこれ? まるで台風じゃん! 僕たちは、少し様子を見ることにした。今出て行ったって、進むことすら不可能だ。では、うどんを食べたら昼寝でもしますか?
いつもそうなのだが、昼ご飯を食べると眠たくなる。学生のときも教科書で壁を作ってよく寝てたし、社会人になっても人目を盗んでよく隅っこの方でよく寝ていた。その様子が見つかるたびに先生や上司によく怒られていた記憶がよみがえる。特に中学生のときは、廊下で立たされたり正座させられたり、今となってはいい思い出である。ただ今は思い出に浸っているときではない。この状況を打開しなくてはならない。
30分ぐらい休んで、また岬の反対側に様子を見に行った。少し風は弱くなったと思うがまだまだ風は強かった。がしかし、あまり時間をつぶしてもいられない。日没までには、次のキャンプ地に着かなくては。Seijiが、風が止むと言う保証はないし、ここは湖のど真ん中を進もう! と。確かに真ん中を突っ切った方が、距離は圧倒的に短くなる。だが、たいへん苦しい戦いが待ち受けることになる。まじか~! 真ん中か? と思ったがどっちの道を選んでもキツさは今となっては、さほど変わりはしないだろう。腕の筋肉痛はそんなにすぐには回復しない。そうしたら、距離の短い方を選ぶしかチョイスはない。
と言うことで、正々堂々と戦いを挑むことに。よっしゃ~!! ぜって~負けね~ぞ! 絶対勝ってやる! と気合いを入れてカヤックをまた漕ぎはじめた。
1時間半後。
出口が見えた~! 出口だぞ~! そしてそのまま出口に突っ込んで行った。この荒波と強風を克服した僕らは、このBig salmon lakeを制したのだ。そこは森の中へと消える道だった。
森に吸い込まれた途端に風がなくなった。なんなんだ! いったいあの嵐はいったいなんなんだ? Seijiに言わせると、森だから風がブロックされてるだけだ! と、至って冷静である。ただ僕は、湖から川に入った途端に風がなくなったことを不思議に思いたいのです。なにか物事をしている過程で大変なことがたくさんあって、苦労してゴールにたどり着くといいことがある。なんて言うか、いかにもドラマにありがちなことがリアルに目の前にあるとちょっと感動するというか、感心するのである。
そして、僕たちは、今夜のキャンプ地に向かうのであった。思ったほどBig salmon riverは川幅が広くないと言うかかなり狭い。目黒川ほどだろうか、さすが上流の川である。水量が多いと聞いていたわりには、川の流れはゆっくりだ。人の歩くぐらいの速度だろうか。そんな狭い川を、すーっと漕いで行く。さっきまでとは大違いだ。そして、だんだん日が傾いてきて日暮れが近づいている。
Seiji~! あとキャンプ地までどのくらい?あと2、3kmのはず! 次のカーブを曲がったら、見えるはず!
了解! 急ごうぜ!
しかし、カーブを曲がって見えたのは、人だった! それも団体だ! ガイド付きだ!
まじか~? どうする? とSeijiに尋ねると、人多いからやめようぜ!
この先ってキャンプ地ある?
ん~、しばらくないな~!
もう、日が落ち始めていたので、僕はここでも良かった。じゃ、ここにしようぜ! 端の方でテント張れそうじゃん!
でもやはりSeijiは、うるさそうだからヤダ! と。まあそれもわからないわけでもないのでSeijiに従った。そして、そこを通り過ぎようとしたとき、そこのガイドが、よう~!おまえたちムース肉あるけどあげようか? と突然叫んできた。うあ~、ほしい~! うまそうだ! と思ったが、僕らのカヤックは、そこをもう通り過ぎようとしているときで、とてもじゃないけど
岸に着岸できない。あいつ、わざとおれたちが着岸できる状況ではないのを知っていて、言ってきたのかどうかはわからないけど、とにかく肉はgetできず、ガイドのやつ、バイバイ~! だって。くそ~! ムース肉を食えなかったことが、とても心残りだった。
とにかく、あの強風の湖を渡ってきた僕たちは、体は疲れ腹も減っていた。早く今夜寝るところを確保しなくてはならない。早くご飯食べたいと言うことしか頭に浮かばなかった。しかし、無情にも日はどんどん暮れていく。時間がない。そんな時、あるキャンプ地を僕たちは見つけた。そしてそこで今夜は過ごすことになる。しかし、その選択が僕たちにとって恐怖の夜となるとは、そのときは知る由もなかった。