マンガとヘアスタイリングの間に。
アキヤマ香 × 河原里美
Text by Kazuki Hoshino
まだ20代の頃、某出版社で出会ったふたりの肩書きは、まだデザイナーとアシスタントだった。代表作『アスコーマーチ』が昨年TVドラマ化され、漫画家としてますます充実するアキヤマと、ヘアスタイリスト・河原里美が12年の時を超えて再会。マンガやヴィジュアル表現のクリエイティブについて語り合った。
アキヤマ こんにちは。お久しぶりです(似顔絵のお面を手渡す)。今日はこれで撮影お願いします。
河原 すごい! これは家に飾りたい。ありがとう。ところで、最初に出会ったのいつやったっけ?
アキヤマ 懐かしい。レゾナンス出版が最初だったよね。 私が社会人になったのは24歳で、今は36歳だからもう12年前になりますかね。
河原 私はレゾナンス出版の『Tokyo Jammin'』誌に当時出入りしてて、そこでアキヤマさんと出会った。
アキヤマ 小学校の頃、マンガ家になりたくて投稿とかしてたんだけど、話が描けなくて挫折したんです。話をつくることにコンプレックスがあって、当時はイラストを描いて持ち込みをしていた。その先のひとつがレゾナンス出版で、デザインをやってみないかと言ってもらって入社した。デザインは最初はまったくできなかったの、実は。
河原 そうやったんや(笑)。当時はどんな仕事をしてたの?
アキヤマ 会社のパンフレットとか、広告とか。 やっていくうちにデザインは覚えてきたものの、「私はこんなことをやっぱりやりたいんじゃない」という気持ちになってきて。で、マンガを趣味で描きはじめて、でもやっぱり趣味じゃなくて仕事にしたいという気持ちになったときに妊娠をしたんです。2001年ですね。でもいまさら方向転換はしたくなかった。そんな時、旦那がロマンチストだったから、やりなよと言ってくれたんです。
河原 ありがたいね。 お子さんができたのをきっかけに、また諦めることになりかねへんかったかもしれなかったからね。
アキヤマ ありがたかったですね。まあ、ロマンチストはそれはそれで問題多いんですど(笑)。
河原 アキヤマさんは会社を辞めていたけど、お子さんが生まれたことと、マンガ家にならはったことは噂で聞いてたんです。会ってはいなかったけど、 友達づてでアキヤマさんの状況はなんとなくわかってた。で、あるときtwitterで偶然みつけた。
アキヤマ ある雑誌の新人賞のその最終候補になって、小学館の新人マンガ賞の佳作を獲ることができたんです。ベビーカーを引きながら、雑誌の賞のページを見ていました(笑)。
河原 それは賞獲ったのが早かったってことやね。お子さんできて、それからやから。
アキヤマ でもそこから小学館では芽が出ず、掲載されることは一度もなかった。ネームを書いては「これじゃだめだ」というやりとりを2年ぐらい続けて。でも担当さんがほかの部署に異動する前に読んでもらった、最後の作品は気に入ってもらえたんです。だから清書して違う出版社に出してみようと。本当に最後のつもりで書き直して、夫に相談した。青年マンガではなく、女性コミック誌じゃないかとアドバイスをもらって持ち込んだのが集英社の『YOU』でした。集英社は小学館の隣だから、横目で「チッ」って言いながら(笑)。で、賞をいただくことができた。そのデビュー作は『HELP!』(アスキーメディアワークス)に収録されて、この間上梓することができましたね。
河原 そのときなんでやめようと思わなかったの? 私もやっぱりそういうときあるし。私よりうまい人もやっぱりいるし、凹む時もある。なんでそこで続けられるのやろ。
アキヤマ このストーリーには3割方自分の話も入ってて、せっかく長年お世話になった担当さんからいいねと言ってもらえたから、自分の中で成仏させてやろうと思った。「これでダメだったら本当にダメなんだな」という決意があったからかな。
河原 でもやっぱり、アキヤマさん『アスコーマーチ』の主人公とオーバーラップするね。「やってやらあ!」みたいな。そこは入ってる(笑)。
アキヤマ ありがとうございます。『アスコーマーチ』はもちろん私的に転機になった作品ですね。まさかドラマ化なんてするとは思わなかった。
河原 少女マンガじゃないですよね。男っぽい。工業高校の中のこととか、主人公ロボット相撲とか女の人が触れへんところを目茶苦茶詳しく描いてあるし。
アキヤマ それは女性マンガの『YOU』だから描けたのかも。少女マンガの雑誌だったらもっと恋愛の話を描かなくちゃいけなかったのかもしれないけど、そうじゃないところを描きたかった。恋愛も入ってるんですけど、そうじゃないところを書きたかった。イケメンばかりじゃなくて、不細工系の、人間味のある男の子も描きたかった。
河原 学校に取材に行った時の男の子を描いてたりする?
アキヤマ 取材の時の男の子の印象プラス、自分の中の想像ですね。取材に行く前は『工業哀歌バレーボーイズ』の印象が強かったけど、実際はそんなことなくて、意外にオタクっぽい子も多かった(笑)。
河原 ドラマの話が最初にあったのはいつごろ?
アキヤマ 2010年に連載がはじまって、一巻が朝日新聞の書評に載って、多分それを読んでいただいて話がきたんです。でもいよいよ撮影が始まると連絡があったのはちょうど震災ぐらいです。一時はどうなるかと思ったけど、内容的に前向きなものだったから、大丈夫だったみたいです。物作りの側面があったので、女の人だけじゃなく、おじさんに受けが良かったせいもあるんですかね。ファンレターを70歳ぐらいの人がくれたりしたこともあった。
河原 それはすごい!
アキヤマ ドラマ化されてマンガも少し読んでくれる人が増えたかもしれないけど、私は基本何も変わっていないですね。最近やっと机を買ったんですが、それまでちゃぶ台で描いてましたから(笑)。
河原 描くのは大変ですよね。昔からマンガ家さんは締切との闘いだというイメージがやっぱりある。
アキヤマ 大変ですね。自分で描きたい派なので、アシスタントというかトーンを張ってくれる友達を家に呼んで。河原さんも自分との闘いですか?
河原 自分との闘いです。でも長期戦ではないから。当日クライアントさんや、場の気分によって変わっていってしまうこともある。用意しても、現場でひっくりかえされることもいっぱいあるし。メイクルームで「どうしよ、どうしよ。」って(笑)。撮影がうまく行かなくても、誰も何が悪いかわからない。そこで「ヘアかな?」みたいなこともある。違うわと(笑)。物理的にもう変えられないのに、変えなくちゃいけない、うまくやらなくちゃいけない時もある。
アキヤマ 宿題にはできないですもんね、その場でやらないと。
河原 ほんと、マンガによくある欄外みたいに、これは「私が考えたやつじゃないヘアーです」って描きたいときもありますよ、ほんと。たとえばアイデアが思い浮かばないときはどこから出すの?
アキヤマ ミスドですね(笑)。外に出ないと考えられない。家だとマンガ本とかテレビがあるので集中できなくなっちゃう。喫茶店の雑多な会話の中にいると、逆に集中できる。山下達郎のドーナツの歌をバックに、おばちゃんが生活保護の話してる横で、そこでエヴァンゲリオンの碇ゲンドウのように肘をついてうつむいて座って、いいアイデアが胃の辺りから出てくるのを待つんです。
河原 (笑)。
アキヤマ でも落とし所はなんとなく共通項があって、最終的には希望があったほうがいいと。ホラーとかじゃない限り、救いはある感じがいいなと思うんです。そこに向けてどういう道をたどろうかという。
河原 本も騒がしいところで逆に読めてしまったりしますよね。かえって孤独でいられるという。昼働いて、夜は家事というのも精神衛生的によさそうだし。
アキヤマ 雲行きが怪しくなると朝早く起きてみたりとか。本当は夜の方がはかどると思うんですけど、興奮状態で頭はフル回転だから眠れなくなって悪循環になってしまう。でも作画だったらご飯食べたあとにでも、テレビ見て「アッハッハ」って笑いながらでもできたりしちゃう。でも息止めて描くときもありますよ(笑)。
河原 私は自分に対してずっと厳しくなってて、うまくいかないと「もっとできたはず」ってモードになってたけど、そこまでは可哀想になってきて「いやこれはこれでよかったよね」と最近思えるようになってきた。
アキヤマ 結局その時はその時で頑張ってるからね。今でも自分の未熟さは感じるし、周りの反応とかも気にしちゃうし。
河原 実は私、小さい頃マンガ家になりたかったんですよ。昔好きだったマンガ家は?
アキヤマ りぼんっ子だった。萩岩睦美先生、小椋冬美先生ですね。
河原 小椋冬美の髪形がいいねんな〜。私、髪形から入ってるわ。ソバージュのふわっとした感じとか、表現が繊細だったりする。あと手を描くのがすごくきれい。だからああいうエアリーな感じがいまだに好きなのかも。そこから来ているのかもしれない。あといくえみ綾も大好きやった。アキヤマさんの、巻末のおまけみたいなマンガあるやん。いくえみ綾、ああいうの多いんやんね。
アキヤマ 実は本線より好きかも(笑)。『アスコーマーチ』では、パソコンの画面にストーリーに合ったプログラムを、知り合いの工業高校の先生にもらって貼ったの。そしたら気づいてくれた読者がいて手紙をくれた。「あぶねえあぶねえ」と(笑)。そういうの気づいてくれるのもうれしかったりする。
河原 ロボット相撲もディテールやばかったもんね。
アキヤマ ただ女子には評判よくなかったけど(笑)。でも、自分は少女マンガ家とかいう意識はなくて。昔から少女マンガの中でも男子でも読めるマンガが好きで、憧れてた。だから少女マンガ家じゃなくて、マンガ家でありたいといつも思ってるんです。
アキヤマ香
11月3日生まれ。A型。'06年に別冊『YOU』でデビュー。既刊作品に
『アスコーマーチ!』1~4巻(マーガレットコミックス/集英社)、
『HELP!』(電撃ジャパンコミックス/アスキーメディアワークス)、
『アキヤマ香連作短編集・ブラウンシュガー』(電撃ジャパンコミックス/アスキーメディアワークス)。現在、
『僕のおとうさん』が『YOU』(集英社)にて連載、そして
『ぼくらの17-ON!』が『JOUR』(双葉社)にて不定期連載中。