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Nikkei Brasileiros! vol.20
Special Guest マルシア(歌手・女優)
日伯交流100周年企画
後援=在日ブラジル大使館
協
力=AMERICAN AIRLINE
Photoraphs &
Text by Mizuaki Wakahara(D-CORD)
Directed by Ryusuke Shimodate
Edit by Tomoko Komori
Camera Assistant by Yayoi Yamashita
Coordinated
by Tamiko Hosokawa (BUMBA) / Erico Marmiroli
2008 年、地球の裏側ブラジルへの移民がはじまって100年の月日が流れた。今では150万人を超える日系人が暮らしている。 南半球最大都市サンパウロへ「japon」に会いに旅にでた、日系ブラジル人ポートレイト集。
5月に東京国際フォーラムとブラジル大使館にて開催した『Nikkei Brasileiros!』の写真展は、本当に多くの方々に支えられ、無事大円団を迎える事ができた。各方面から様々なリアクションをいただいたが、最も印象的だったのは在日ブラジル人や日系ブラジル人の方々が多く住む、静岡県浜松市と群馬県大泉町からの声だった。彼らの日本での生活環境が決して恵まれたものではないことは知っていたものの、直接対話する機会があったことによって、より具体的な情報を知ることができ、それは今後のボクの写真家としての活動にも大きく影響することだろう。
ブラジルから日本への移民は35万人以上と言われ、それは日本からブラジルへの移民の数を大きく上回る。今回、写真展のオープニング・レセプションに駆けつけてくださり、飛び入りで素晴らしい歌を披露してくださったマルシアさんもそのひとりである。
「サンパウロ州で生まれました。外国人歌謡大賞のワールドチャンピオン大会に出場するため1986年に17歳で来日。作曲家の猪俣公章先生の目にとまり、内弟子になりました。2年3ヶ月、掃除や料理、お客さんの接待をしました。礼儀作法が身に付きましたが、いつデビューできるか分らず不安でした。『帰ろうか』と思うこともありました。そんな時は『成功するまで帰るな』という祖父の言葉をかみ締めました。育った地と異なる国で生きる大変さを伝えたかったのですね。」(朝日新聞2012年4月28日夕刊be evening『証言』より抜粋)
「日本とブラジルの架け橋になりたい!」と常々おっしゃっているマルシアさん。この度は本当にお世話になりました。この場を借りてあらためて感謝するとともに、これからのご活躍を願っております。
Muito Obrigado!
Abracos.