Nikkei Brasileiros! vol.14
ヒデノリ サカオ (ミュージシャン)
日伯交流100周年企画
後援=在日ブラジル大使館
協
力=AMERICAN AIRLINE
Photoraphs &
Text by Mizuaki Wakahara(D-CORD)
Directed by Ryusuke Shimodate
Edit by Tomoko Komori
Camera Assistant by Yayoi Yamashita
Coordinated
by Tamiko Hosokawa (BUMBA) / Erico Marmiroli
2008 年、地球の裏側ブラジルへの移民がはじまって100年の月日が流れた。今では150万人を超える日系人が暮らしている。 南半球最大都市サンパウロへ「japon」に会いに旅にでた、日系ブラジル人ポートレイト集。
2008年10月11日
「日本人は面食い。アメリカ人はパイオツ。ブラジル人はリーシーだよね!」
サカオさんの本『情熱のリオ』の発売を記念して、都内のブラジリアン・カフェで行われたトークショーに伺ったのは、サンパウロへ行く2ヶ月ほど前だった。トークショーが終わり、個人的に話したり、本にサインをもらおうとする人に囲まれるサカオさん。僕は今回のプロジェクトへの出演依頼をするために、最後尾にならんでいた。サカオさんの男性と女性に対する態度はあからさまに違う。男性にはほぼ目を合わさない。いよいよ僕の順番になり、挨拶をしようと歩み寄ると、明らかな不快感が滲み出ていた。〈うわっ。男か。俺に何のようだ?だいたい男は列に並ぶな!〉(僕の予想です! 実際には言われていません)。何とか連絡先をいただけたものの、「時間があれば取材受けますよ」と全然乗り気ではない。そのとき一緒にいたライターの小森(20代後半の女性)にちょっかいを出しながら、二度と僕はサカオさんと目が合うことはなかった。
そんな扱いをされても、僕には諦めきれない理由がある。その日のトークショーで、サカオさんと自分の切っても切れない縁を感じてしまったからだ。
篠山紀信大先生の作品に『オレレ・オララ』という写真集の金字塔がある(これを知らない人は、もうこの先を読む必要はない!)。僕は22歳で『オレレ・オララ』に出会い、その日に写真家になることを決めた。その壮絶な世界観に体が震え、脳みそが解けた(確かそうだったはず)。特に後半にある、草原での圧巻の娼婦十人衆! まさに〈荒野のダッチワイフ〉。よくぞまあこれだけのビッチを集めたものだ!! OH! ジーザス!!
彼女たちを集めた張本人がヒデノリ・サカオだ!
撮影場所に指定されたのは、雑然とした雰囲気で賑わう下町の名物楽器店『コンテンポラニアン』だった。お店の中では恒例のサタデー・アフターヌーン・セッションで賑わっている。そこにスーツ姿のサカオ氏が現れたとたん、あちこちから「Sakao!」と声がかかり、小柄な彼の姿はあっという間に人だかりの中に消えていく。彼の2倍はあるであろう大柄なブラジル人の出迎えにも、映画スターのように堂々と握手を返し、その人気ぶりは不自然なくらいだった。僕がシャッターを切りだすと、「あいつ俺のこと撮りに来た写真家!」とアピール。すると、さらなる羨望のまなざしがサカオさんに注がれる。
25歳で渡伯後、ミュージシャン、ラジオ番組のアナウンサーなどとして活躍。その後サンパウロの日本総領事館に勤務。誰をも笑いの渦に巻き込むリズミカルな語り口からは、トム・ジョビン、バーデン・パウエル、ナラ・レオン......。錚々たるミュージシャンとの思い出話が飛び出してくる。偉大なるボサノヴァをその創世期から聖地イパネマで見続けてきた、正真正銘の強者だ。
さらに〈ブラジルに来る前から尻マニア〉を公言する彼は、こんな美尻論まで聞かせてくれた。「どうして僕が尻にこだわるかって? 尻のいい女性に悪い女はいないからですよ。いい尻のポイントは色々あって、カーブ、プロポーション、柔らかさ、肌の色。あと、揺れ方ってのもあるなぁ。すごくいいのがいるともうクラクラ。惚れるわけ」。続けて「アメリカの女性犯罪者の体格を写した写真があるけど、どれもろくな尻じゃない!」と、もはや意味不明だ。
つまり尻だ。すべては尻なんだ。わたしも十代で面食いを卒業し、二十代でパイオツを卒業し、三十代は尻にまっしぐら。最近はろくに顔も見ない。
彼がブラジル行きを決めたのも、あるパーティーで出会った少女が発した、他愛もない一言だった。
「僕は横浜出身で、学生時代は進駐軍まわりのバンドをやってたんですよ。当時、横浜っていうのは米軍の施設があって、半分アメリカみたいなものだった。ある日、ハーバーのヨットクラブで進駐軍の家族パーティーがあって、僕らのバンドが呼ばれて演奏していたら、14〜15才のかわい子ちゃんが来て『サンバはあるか?』って聞くんだよね。僕らは当時流行していた『サンバ・ブラジル』って曲を持っていたからそれを演奏したら、彼女ひとりだけが拍手して『もう1曲あるか?』って聞いてきた。これはおかしいなと思って『あんたアメリカ人じゃないね?』って言ったら『ブラジル人』だって。僕はびっくりしてねぇ、『ブラジルに帰ったら、あんたみたいなかわいい子が沢山いるのか?』って聞いたんですよ。そしたら『私がブラジルに帰ったらブスだ』って言うから。こんなかわい子ちゃんがブスだっていう国はいったいどんな国だろう、と思ってブラジルに来た。それがブラジルに来た理由。それ以外の理由は一切ない」。
「はじめて歩いたイパネマの海岸。そこには彼女の言葉通りの光景が広がっていたさ。真っ白い砂浜一面に女の子たちが甲羅干ししてたよ。その日焼けしたお尻を眺めて『なるほどな!』と感心したわけ」。
サカオさんが小学校時代に尻マニアに目覚めた、地元の遊郭の話も相当面白いが、この連載にはまったく関係ないので割愛させてもらう。
その変人ぶりが一人歩きしてしまいそうだが、彼のキャリアはどれも輝かしい。ラジオ局で働いていた時代には、NHKがブラジルでニュース番組を始めるにあたって当時無名のサカオさんはメインキャスターに大抜擢される。それも局の看板女性キャスターだったマヤ・ヨウコさんから「真面目な、いわゆるNHKタイプの人を探している」と声をかけられたそうだ。一体サカオさんのどこがNHKタイプだったのだろうか?
それから50年。日本人だからこそ感じる居心地の良さ、誰とでも分けへだてなく陽気に接する国民性が、何よりも彼の性格にフィットし、この地で暮らし続けることを選ばせた。
「ここブラジルでは、僕が来たときには既に、日本人は勤勉で真面目ってイメージが定着していた。だから例えば、高級アパートの内覧会に僕がサンダルとTシャツで入っても丁寧に迎えてくれる。親日の国はあっても、そんなことが許される国はそうありませんよ。それとね、領事館に勤務していた頃、時々、州知事さんの官邸に行くことがあったんです。そうすると知事さんが『よっ!』って、僕の肩をパンって叩いて迎えてくれる。日本の知事さんが下っ端の役人に『よっ!』なんて言ってくれないでしょ。そういうところも、ブラジルのいいとこ!」。「あとはやっぱり音楽だよね。ひばり(美空ひばりさんを呼び捨て)が来るって決まったときに、超一流のミュージシャンを集めろって頼まれてさ、知ってる仲間たちを集めたのよ! オーケストラも20人くらいさ。そしたら公演が終わってひばりがさ、『こんなこと言うのも良くないけど、先日のアメリカよりも今回のブラジルでの演奏の方が全然良かったわ!』って。これは嬉しかったよね! 本当にブラジルのミュージシャンってすごくいいんだよ!」。
サカオさんは、あのヨットクラブのパーティーで出会った少女には今でも感謝の気持ちを忘れていない。あの少女がいたから、自分は日本を離れ、ブラジルで素晴らしい経験や出会いに巡り会えたのだと信じている。
「あとから分かったんだけど、彼女は当時のブラジル大使のお嬢さんだった。死ぬまでにどうしても彼女に会いたくて、今そのプロジェクトを進めてるんですよ。彼女に再会できたら、また撮影しに来てください」。そう言って、ニヤリと笑いインタビューを締めくくった。
とにかくカッコつけることを忘れない75歳。ブラジル人以上に尻を愛する75歳。
そう! 男はカッコがすべて!
ブラジルが〈オレレ・オララ〉を呼び、〈オレレ・オララ〉が僕に写真への扉を開き、写真家になった僕がブラジルを訪れ、リアル〈オレレ・オララ〉ミスター・サカオにたどり着いた。
そんな僕は、取材が終わったときのサカオさんの一瞬の気の緩みを、見事に捉えたのだった。
■過去連載記事:
vol.1 ジュン・マツイ(タトゥーアーティスト/俳優)
vol.2
チアキ・イシイ(柔道家)
vol.3
シズオ・マツオカ(バイオエタノール研究者)
vol.4
トシヒコ・エガシラ(ざっくりと実業家)
vol.12 KIMI NI(陶芸家)
vol.13 トミエ オオタケ(芸術家)