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釜ヶ崎連続WEB小説

第六回「手が出ない」

文・安藤久雄
写真・若原瑞昌


本を売り歩く<宇宙人の僕>は顔見知りの生意気なガキに出会う。他愛もない会話をかわすさなか、黒いスーツのべっぴんが突然話しかけてくる。

kamagasaki6.jpg


 「あっ、一冊売れたやん、おっさん!」
 あ、あのうっとおしい坊主、また来よった。
 「お、おっさんちゃう。ぼ、僕は宇宙人や。」
 「ほななんて呼べばええねん。カネボンか?」
 「な、なんやそれ。」
 「だっておっさん、金本て名前の宇宙人やろう?」
 「な、な、なんで知っとんねん。」
 「なんでて、本の作者んとこに書いてあるやんけ。」
 「ぼ、坊主は漢字が読めるんか。い、いま何年生や?」
 「四年。」
 坊主、ええとこの制服着とるのに、なんでこないなとこでウロウロと......。
 「どんな人が買うたん?」
 「メ、メイドのかっこした若い姉ちゃん。」
 「ふーん。」
 「ふ、ふーん、て坊主、メ、メイド知っとんのか?」
 「家にも二十歳のんがおるで。こないだ夜中トイレ行ったら、じいちゃんの部屋から変なかっこして出て来て、また慌てて入ってった。」
 「へ、へ、変な?」
 「うん。なんや黒い皮の......、ヤッターマンの敵の女みたいな。」
 「......な、なんや、ぼ、坊主の家は金持ちかいな?」
 「そうなんかなぁ。昔じいちゃんが頭取やっててん。」
 「と、頭取?」
 「うん。かんさい銀行の。」
 「......ぼ、坊主、う、宇宙人に誘拐される前に早う帰りぃ。」
 「それてカネボンがするん? 身代金目的の?」
 「ア、ア、アホぬかせ。う、宇宙人の誘拐目的は人体実験に決まってるやろう。」
 「なんでぇ? カネボンは人より遥かに進化してるんやろう?」
 「ま、まあな......。」
 「カネボンはなに食べるん? 好きなもん言うてみいぃ。」
 「ネ、ネギ焼き......。」
 「はぁ? あぁ、確かにあの緑っぽい感じが宇宙人好きそうやなぁ。」
 「ま、まあな。」
 「ほなお金は? ネギ焼き食べるんにもお金要るやろう?」
 「せ、せやから本売ってんねやんか。」
 「せやけど一週間で一冊......、一週間でたったの千円やでぇ。」
 「う、う、う、うるさいわ。う、宇宙人やから食わんでも平気やねん。」
 「まぁまぁカネボン、ちょとそこのお好み焼き入ろか?」
 坊主はくるりとランドセルを前に回し、蓋を開けた。見ると前面のポッケから万札がはみ出とった。
 「ぼ、ぼ、坊主、い、いくら持っとんねん!」
 「は? 一、二、三、四......、ん? てかこのお守りなんや? じいちゃん勝手に付けたんかな? 学業成就......。要らん。頭の悪い宇宙人にあげるわ。はい。」
 「お、おおきに......、て、こら!」
 「てか店通り過ぎてもうたで。入らんでええのんかいな?」
 「え、ええ。」
 「そっか。ほなこのまま相談乗ってくれるかぁ?」
 「な、なんや、そ、そうならそうと、は、はじめっから言いやぁ。」
 「ごめん。」
 「そ、そや、こ、子供は子供らしく素直にせんとな。ほ、ほんでなんや?」
 「あんなぁ、僕なぁ、五歳の時にじいちゃんに引き取られたからなぁ、はっきりは憶えてへんねんけどなぁ、多分なぁ、オトンがこの辺で」
 「あ、ま、またあのべっぴん。」
 「え、なんて?」
 「ほ、ほら、あ、あの黒いスーツのべっぴん。」
 「え? あ、あの女、さっき校門でぶつかって荷物拾うてくれたやつや。」
 「え、そ、そうなん? あ、あのべっぴん、さ、さっき坊主が出て来たあと、そ、その角でじーっとこっち見ててんで。」
 「え、そやったん?」
 「う、宇宙人かもしれへんな。」
 「誘拐?」
 「う、うん。ぼ、坊主の人体実験や。」
 「ちょっとぉ、そん時はカネボン助けてなぁ。」
 「あ、あれ、じ、自転車通ってる間に消えよった。」
 「あれ、ほんまや。」
 「ふ、ふふ、き、気のせいやったみたいやな。」
 「うん。」
 「ほ、ほんで、お、お父さんがこの辺でなんや?」
 「あぁ、オトンがなぁ、この辺で刑事してると思うねん。」
 「さ、探してるんか?」
 「まあな。そやけどオトン、婿養子? やったから、僕と名字が違うてわからへんくて、警察に聞こうとしてもあかんねん。」
 「お、おじいちゃんが知ってるやろう。」
 「うーん......。そやけどじいちゃん、オトンのことが嫌いみたいで教えてくれへんねん。昔の写真もどっかに隠してもうて......。」
 「ふ、ふーん、や、ややこしいなぁ。そ、それで坊主はここら辺をウロウロしとるわけや。で、か、肝心のお父さんの顔、ちゃ、ちゃんと憶えてるんかいな?」
 「ちょっとすみません。」
 鼻にかかった声が聞こえて、振り返るとそこには黒いスーツのべっぴんが立っとった。
 「私、矢野刑事の同僚の森下と申します。」
 そう言ってべっぴんは刑事手帳らしきものを見せたのだが、それよりも大きくはだけたシャツの胸元の、黒いブラジャーが気になって仕方なかった。
 「なんや、お姉さん、刑事やったんや!」
 坊主は少し嬉しそうにべっぴんを見上げたが、黒い網タイツといい、黒いピンヒールといい、刑事にしては、あまりに艶かしかった。
 「そうなの、私、僕を探していたの。」
 そう言いながら屈むべっぴんの、短いスカートの中が気になって仕方なかった。
 「え、僕のことを?」
 「うん。僕、名前は霜月健太君やない?」
 「えっ、なんで知っとんの......?」
 べっぴんは懐に手を入れ、古ぼけた一枚の写真を取り出した。
 「この写真、見憶えあらへん?」
 坊主は普通の子供に返って、怖々それを受け取った。
 「あ......、この部屋なんや知っとる!」
 「うん。健太君がずーっと小さかった頃に住んでたお家よ。」
 「な、なんでお姉さんが持ってるん?」 
 「うん。健太君のお父さん、さっき言った矢野刑事に頼まれていてね。」
 「頼まれていてって、ずっと探してたん?」
 「そうよ。それでさっき校門でぶつかった時、ピンと来てね。」
 坊主が持ってる写真を覗いてみると、確かに目の辺りに面影があった。
 「ぼ、坊主、よ、良かったなぁ!」
 「うん! カネボンありがとう!」
 「い、いや、べ、別に僕はなんもしてへん。」
 「せや、誘拐とか人体実験とか、わけわからんこと言うてただけや。」
 「ぼ、坊主、よ、余計なことは言わんでええねん。」
 女が徐に立ち上がり、坊主の手を取り僕の前までやって来た。
 「金本さん、健太君の世話してくれて、ほんまにありがとう。」
 「い、いえ......。」
 「そしたら後は、私が矢野の所まで連れて行きますんで。」
 「あ、は、はい、よ、宜しく頼みます。」
 「ほな健太君、金本さんにお別れして。」
 「カネボン、しっかり本売るんやでぇ!」
 「う、う、うるさい。は、はよう行け!」
 「ふははは。ほなまたな、カネボン。」
 「ま、またな、ぼ、坊主。」
 と、坊主の頭を撫でとったその時、キキーッと音を立てて黒塗りのセダンが僕らの脇に急停車した。
 「そしたら失礼します。ほな健太君、行こか。」
 「う、うん......。」
 坊主はちょっと度肝を抜かれて及び腰になっとったけど、それでも女の後に続いて後部座席に乗り込んだ。
 ウイーンと坊主の席の窓が開きはじめたその時、ブウーンッと車が急発車し、坊主が顔を出して手を振りはじめた頃には、坊主がどんな表情をしとるのか、もうようわからへんかった。
 ふうっと息をつくと、ついつい強く握り締めとったお守りに違和感を感じた。手を開いて見てみると、真ん中辺りが少し盛り上がっとって、気になった僕は紐を解いて指を突っ込んだ。
 「こ、これ、マ、マイク......? そ、そういうたらあの女、ぼ、僕のこと端から金本さんて......。」
 その呟きに自分でぞっとして、急に坊主が心配になった。
 慌てて前を向いてみたけど、立ち塞がる街になす術は無かった。




■過去連載記事:
第一回「脱げない」
第二回「消えない」

第三回「覚束ない」
第四回「浪速クラブ」
第五回「喫茶カローラ」






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