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釜ヶ崎連続WEB小説「裏新世界」

第二回「消えない」

文・安藤久雄
写真・若原瑞昌


大阪は新世界に拠点を置き活動する作家・安藤久雄による短編小説。 通天閣から放射状に延びる、その華やかな道々の影には、性欲への入口がある。 猥褻なネオンに導かれて、その入口へと吸い込まれていく男の物語。

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 宇宙をさまよう塵の気分や。凍えた星みたいに冴え冴えとしたネオンに囲まれ、思わず手と手を擦り合わせる。薄い氷を纏ったように、手と手は互いのつめたさを感じるだけで、交わる気など、端からないらしい。
 そやけどそれでもまだ残っとる。死に損ないの電池くらいには、微かな熱を伝えとる。右手がマイナスなら、左手はまだ、プラスや。
 
 電池の切れたあいつの軀は、一切を拒みよった。
 絵に描いたとしたら、目や口や皺は薄い鉛筆の線やのに、顔の輪郭や腕や足は太いマジック。そないな感じ。
 微かな熱もなく。俺の手がマイナスなら、あいつの手もまた、マイナス。

 あぁ......、今もまだ、消えへん。あの、この世のものではない、つめたさ。

 そやから俺は好きでもないのに、飛田なんぞに足を運んで、好きでもないのに、ただ体温が異様に高いてだけの理由で、あのブスの手を掴んでま○こを舐めて、ほんの束の間、つめたさから逃げる。ブスが猫を飼ってることもまた、助かる。くしゃみをすると、すべてが飛ぶ。俺はひどい猫アレルギーやから、おかげで何度も飛ぶことができる。て、俺は一体なにしてんねや......。と、思うた途端に身震いがして、体内の余計なもんが膀胱に集まり、それを出すのにどこかええとこはないかと辺りを見回すと、看板とポスターだらけの映画館の脇に路地があるのを見つけた。入って壁と向き合うと、闇の深さに目眩がする。目を瞑って頭を振ると、路地を曲がる時に見た一枚のポスターが、ひときわ強い光を放って瞼に貼り付いた。はだけた胸を鷲掴みにされる喪服の女は日本髪を結っていて、その顔はどことなく、あいつに似とった。
 
 用を足した足で入り口に向かい、財布を出すのも焦れったく思いながら六百円の券を買い、半券も受け取らずに地下への階段を駆け下りた。映画館によくある、あの仰々しい扉があったら蹴破るつもりでおったのに、階段を下りるとすぐに場内で、少々拍子抜けして戸惑っていると、映写機の明かりの下でタバコを吸ってるセーラー服の女が笑いかけてきて、それまた少々戸惑ったが、なんとか無視してほぼ中央の客席に腰を下ろした。
 あいつやなかった。ここは洋画もポルノも三本立てで、今は、下のもんも抜いてくれへんかったら歯は抜かせへんと駄々をこねた患者の一物を、白衣の女歯科医が渋々しゃぶってるところで、やや興が醒めた。ただ驚いたことに背後からも同じ音が聞こえてきて、こんな鄙びた映画館でも音響システムだけはごっついんかと振り返ると、すぐ後ろの席でスクリーンとほぼ同じ光景が広がっとった。ほぼ、と言うたんは、こっちは男同士やったからや。俺はなんや一気に疲れて、ことんと深い眠りに落ちた。

 右手の親指が異様に熱いので目が覚めた。朦朧とした頭をゆっくり右に向けると、セーラー服の女が前の背もたれに脚を掛け、股をおっ広げている。俺の右腕を辿ってゆくと、その先は水色のミニスカートの中へ呑み込まれていて、親指はどうやら肛門に嵌まっているらしい。
 鮮明になってきた眼で女の顔を見る。小顔やけど、真っ黒でハリガネみたいな髪の毛、茶色いタマゴの殻みたいな頬骨、ちらし寿司に入ってる椎茸のような薄い唇、野球のグローブのような皮膚。どう見たって男や。そやのに口から漏れ出す声や、悩ましく歪む眉は女で、思わず俺は見とれてしまう。その男は、いや、女は、俺を見ていない。女は細めた狭い視界で、白く輝くスクリーンを見とった。
 あいつやった。はだけた胸を鷲掴みにされ、きつく閉じた脚を無理矢理開かされようとしとる喪服の女は、ほんまにあいつによう似とった。

 「やめて......」。
 
 あいつは俺が執拗にま○こをねぶっていると、いつもそう言って脚を閉じた。
 「なんでや。俺の愛がそないに気に入らんか」。
 俺はあいつの耳元で囁き、そのまま耳が涎であふれるほど舐めた。あいつは少し心配そうに、「これが愛やのん?」と聞いてくる。そやから俺は綿あめのように甘い顔で、「そや。これが愛や」と答える。あいつは俺の顔を流星を見るような目で見つめて、願いごとを終えると安心して口づけをして、再び股を開いた。

 「あぁ、あぁ、あぁん......」。
 隣の女の動きが激しくなるほど、俺の親指は熱くなった。
 目の前ではあいつによう似た女がま○こをねぶられとる。
 
 あぁ......、今もまだ、消えへん。あいつの、むっちゃ熱い、体温。

 隣の女の喘ぎ声に紛れ、俺はしばらくの間、泣いた。   
    



安藤久雄 Hisao Ando 
多摩美術大学二部映像コース卒。数々の自主映画、写真、イラス ト作品を手がける。『一人デモ』が2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭・日本パノラマに招待される。平成19年、 写真集『うさぎ小屋のひみつ』 を出版し、同年NGOMA"voodoo eyes are shut"のPVを監督。昨年から大阪の新世界に拠点を移し、フリーライターとして活動中。大阪は通天閣のお膝元、なにわっ子なら知る人ぞ知る大衆演劇小 屋「浪速クラブ」に突撃撮影に来た若原にナンパされ、今回の執筆に至る。



■過去連載記事:
第一回「脱げない」





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