Nikkei Brasileiros! vol.2
チアキ・イシイ(柔道家)
日伯交流100周年企画
後援=在日ブラジル大使館
協力=AMERICAN AIRLINE
Photoraphs & Text by Mizuaki Wakahara(D-CORD)
Directed by Ryusuke Shimodate
Edit by Tomoko Komori
Camera Assistant by Yayoi Yamashita
Coordinated by Tamiko Hosokawa (BUMBA) / Erico Marmiroli
2008 年、地球の裏側ブラジルへの移民がはじまって100年の月日が流れた。今では150万人を超える日系人が暮らしている。南半球最大都市サンパウロへ「japon」に会いに旅にでた、日系ブラジル人ポートレイト集。
2008年10月3日
ウィキペディアで「日系ブラジル人」を調べると、著名な日系ブラジル人の項目中でもひと際目を引く「オリンピックメダリスト」の肩書き。柔道という日本の格闘技で、帰化することによってブラジルにメダルをもたらしたのが、今日訪れるチアキ・イシイさんだ。
今となってはサンパウロの大好きな街のうちのひとつである、ヴィラ・マダレーナの丘の上でタクシーを降りた。今日も天気が良く、少し傾きかけた陽が燦々と照らすサンパウロを眺めていると気持ちが良い。かなり傾斜のきつい道沿いに立つイシイさんの道場は、門に張ってあるKARATEの文字と、漢字で「整体針灸」と書かれているポスターで、すぐに日本に関係のある場所だとわかる。
数々のトロフィーやメダルが壁一面に隙間なく飾られている応接間をガラス越しにのぞきこむと、地球の裏側からやってきた日本人の大男が真っ白い道衣を身にまとい、南米中の男たちを次々となぎ倒してゆく姿を妄想してしまう。
約束の時間になったのでベルを鳴らすと、娘のバニアさんが僕らを迎えに来てくれた。バニアさんもシドニー・オリンピックやアテネ・オリンピックにブラジル代表として出場している柔道家だ。大きな事務所件応接室に通されると、正面のプレジデントデスクに大男が新聞を大きく開いて座っていた。チアキさんである。新聞で顔の半分しか見えないまま、一瞬チラッと僕を見て会釈ともつかないくらい微妙に首を振った気がした。
威厳がある。
つまり、「恐い」。
長い長い10秒ほどの沈黙のあと、とにかく一歩前へ出て、今回の訪問の経緯をあらためて説明した。イシイさんがブラジルに帰化したのが'69年。僕らとの会話は全て日本語でOKだ。愛想笑いゼロの昔ながらの頑固な日本男児そのままの(イメージだけど)イシイさんからいろいろ話を聞きだすのはスリリングで面白い。
サッカーのブラジル人選手が日本に呼ばれるように、イシイさんも当初はコーチとしてブラジルに呼ばれた。そんなに長く滞在するつもりはなかったそうだが、1年が2年になり、2年が3年と時が過ぎていった。
'72年、ミュンヘンオリンピック。イシイさんはブラジル柔道代表チームの指導をしていたが、代表候補選手のひとりが直前に怪我をして出場を辞退。すでに帰化していて、どのブラジル人代表選手よりも断トツに強かったイシイさんは、気がつくとミュンヘンの地で闘っていた。そして銅メダルを首にかけ、またブラジルへと帰ってきたのである。
世界柔道でもメダルを獲得するなど、とにかく勝ちまくった時期があるそうだ。いったい何人の柔道家を倒せば、部屋がまるごとトロフィーで埋まるのだろうか。柔道を始める前は相撲の選手だった。イシイさんのお父さんもお爺さんも格闘家である。
一通り最強伝説を聞かせていただいたあと、ポートレイトの撮影をお願いした。「ならば道衣に着替える」と、応接室を後にする。横で話を聞いていた娘のバニアさんに「せっかくなので一緒に撮影はどうですか?」と聞いてみたが、「とんでもない! 私は結構です!」と思いのほかきつく断られた。面食らってしまったが、それを聞いたイシイさんが戻ってくると、また激しい口調でバニアさんを説得しはじめた。「別にいいんです。急にお誘いしたので、無理強いするつもりはありません」と割って入ったものの、親子喧嘩? はすでに勃発していた。口論はポルトガル語だった。メダリストどうしの喧嘩に丸腰の写真家は何もなすすべが無い。
結局プリプリ怒ったままバニアさんも道衣に着替えてくださり、イシイさんと共に道場へ向かった。あんなに不機嫌だったのに、どうやって説得したのだろうか? なんとなく「わざわざ日本から会いに来た人たちに失礼な態度はしてはいけない」という感じで話していた雰囲気は伝わってきた。
どのあたりでポートレイトを撮ろうかとうろうろしているうちに、突如、親子の組み手争いがはじまった。先ほどの喧嘩の続きかと思うくらい激しく体と体をぶつけ合い、その肉体がぶつかり合う音が生々しく、見ている方が痛いくらいだった。あわててシャッターを切りはじめる。ふたりは何も言わず黙々と組み手を続けた。おでこを突合せ、お互いを見つめている。
何分たっただろうか。ふたりはかなり汗をかき、組み手を離して僕を見た。
僕は親子の深い絆を撮った。
何もリクエストしなかったのに、できる限りを見せてくださったおふたりに感謝の気持ちでいっぱいだった。
事務所へ戻り、お別れの挨拶をしているときに、ゴルフでホールインワンをした記念のプレートを見せてくれた。しかも満面の笑みで。
イシイさん、なにやってもすごいんですね!
2日目の取材を終え、少し緊張感から開放された僕らは帰り道にバーに立ち寄り、一杯飲んだ。以後、大好きになるカイピリーニャを初めて味わった。スタッフみんなが一杯だけで変に壊れていたのが印象的だった。それだけ楽しい一日だったんだと思う。
■過去連載記事:
vol.1 ジュン・マツイ(タトゥーアーティスト/俳優)